メジャーリーガー黒田博樹

黒田博樹投手が8年ぶりに日本球界へ復帰しました。メジャー5年連続2桁勝利をマークしている右腕には複数球団が争奪戦を演じていましたが、メジャー球団20億円の高額オファーを蹴って、育ててもらった広島カープに5分の1の年棒4億円で広島へ帰ってきました。絶頂期のメジャーリーガー、自宅はマンハッタンの超高層マンション、一流尽くしの調度品、ヤンキースでは当たり前だった移動はチャーター機、贅を尽くしたクラブハウス。そんな男が、それらの全てを捨てて古巣・広島へ。これぞ武士道と思える男らしい決断ではないでしょうか。記者会見を観て思い出したのは、8年前にカープへの愛を胸にしまい込み、涙をこらえてのメジャー移籍会見でした。そして、間違いなく快く送り出してくれたカープファンへの恩返しのために帰ってきたのだと感じました。黒田選手は「期待して待っていてくれる人がいる、ファンの人たちがいるっていう、それがなかったら、もしかしたら違う決断になっていたと思います」。広島市民の声は「普通の人間じゃ考えられない決断」「金じゃない、男だ」「広島愛、すばらしい」など、男気という単語は、今や黒田選手の代名詞になっています。
黒田選手は、高校時代は無名の選手でした。母校の当時のコーチが「せいぜい120キロの直球、あの黒田が150キロなんて信じられない」と。では、どうしてメジャーの一流選手に成長したのでしょうか。私なりに紐解いてみました。一つ目は謙虚さ。私の知る限り才能のある人は比較的に自己評価が高い傾向なのですが、記者の「自信はありますか」という質問に対して、黒田選手は「自信はないです。40歳の体で投げるシーズン、初めてですから…何が起こるかわからないですし、球団の評価に答えられる自信は現時点でありません」と。現実的な自己分析力と相手打者との戦力比較が自分に厳しめなので、討ち取るための努力をやり続けることができるのだと思います。二つ目は変化の重要性。日本では「ミスター完投」と呼ばれていて、投げれば完投勝利することにこだわっていました。その称号をメジャーではあっさりと捨てました。代わりに重視したのは、6回以上を3点以内に抑えて責任を果たすクオリティースタート数値の重視でした。球種もメジャーで通用しないことを知ると、潔く捨てて通用する球種を選択して練習しました。人は過去自分を支えてくれた武器を、簡単に捨てることはできません。しかし、黒田選手は迷わず、潔く捨てて変わることを選択することができます。三つ目は準備の大切さ。練習時のスタンド入りは1時間30分前と決め、いつも入念なストレッチを欠かしません。対戦打者の弱点や打ち取り方が書いてある黒田ノートというのがあり、試合前にはその日に対戦する打者の過去の対戦データを予習し、試合後には対戦打者のデータを改めて分析し書き残します。驚いたのは記者から「英語で話してください」と言われた時の答えでした。黒田選手は「私はいちチャレンジャー、英語は忘れました」普通なら「俺はメジャーリーガー」というのが普通なのに、自分はチャレンジャーだと言い切る。チャレンジャーとしての心の準備が完璧にできていることが素晴らしいと感じました。
勝負事には常に勝ち負けがつきものですが、同じように人の人生にも浮き沈みはつきものです。その人のもつ、心のあり方、性格、取り巻く環境などが大きく左右します。黒田選手の赤いグローブには「感謝」の2文字が書かれています。「野球ができるのは当たり前じゃない、たくさん応援してくれる人がいることに対する感謝の気持ちを忘れたくないから」と。黒田選手に見習い、「謙虚さ」「変化の重要性」「準備の大切さ」「感謝」など心において日々精進したいと思います。

 

 

2015/06/01