君たちはどう生きるか VOL.3 ~貧乏について~

80年前に書かれたこの本にはその頃の貧しさについての考え方が書き綴られています。「コペル君、君も大人になってゆくにつれて、知って来ることだが、貧しい暮らしをしている人というものは、たいてい、自分の貧乏なことに、引け目を感じながら生きているものなんだよ。自分の着物のみすぼらしいこと、自分の住んでいる家のむさ苦しいこと、毎日の食事の粗末なことに、ついはずかしさを感じやすいものなのだ。」「人間の本当の値打ちは、いうまでもなく、その人の着物や住居や食物にあるわけじゃあない。どんなに立派な着物を着、豪勢な邸に住んでみたところで、馬鹿な奴は馬鹿な奴、下等な人間は下等な人間で、人間としての値打ちがそのためにあがりはしないし、高潔な心を持ち、立派な見識を持っている人なら、たとえ貧乏していたってやっぱり尊敬すべき偉い人だ。だから、自分の人間としての値打ちに本当に自信を持っている人だったら、境遇がちっとやそっとどうなっても、ちゃんと落ち着いて生きていられるはずなんだ。僕達も人間であるからには、たとえ貧しくともそのために自分をつまらない人間と考えたりしないように、また、たとえ豊かな暮らしをしたからといって、それで自分を何か偉いもののように考えたりしないように、いつでも、自分の人間としての値打ちにしっかりと目をつけて生きてゆかなければならない。貧しいことに引け目を感じるようなうちは、まだまだ人間としてダメなんだ。」人の価値に貧しさ、豊かさは関係がない、高潔な心と立派な見識が大事なことだと書かれています。

 

80年前はまだ太平洋戦争が始まる前でしたが、貧しい人が多かったことがよくわかります。その後、戦争に負けて焼け野原にされもっと貧しくなりましたが、先人たちの努力により見事に復興し、日本は経済大国になりました。しかし今、貧しいことや生活保護を受けていることを恥ずべきことだと実感している人は少ないように思います。どちらかと言うともらえるものはもらわなければ損だという風潮が蔓延しています。今の日本は、豊かになる努力をしない人が、豊かになる努力をして一生懸命に働く人に支えられています。どうもやりきれない時代に変化してきたように思います。「モノの豊かさ」と引き換えに「心の豊かさ」を無くしてしまったように感じているのは私だけでしょうか。「損得」の価値観が強くなりすぎて「善悪」の価値観がないがしろにされているようで、残念でなりません。江戸時代の寺子屋のように、人の生き方や倫理観を養う場が現代はあまりに少ないように思います。「相手の立場に立つ」「人の幸せを考える」など世界の国々のお手本となるような、日本人の素晴らしい国民性を無くしてはいけませんね。

 
私の幼少期、父は「自分の人生を試してみたい」と起業しました。最初は右も左も分からない商いの世界で苦労し、家は貧しかった記憶があります。しかし、一年365日休みもなく、朝早くから夜遅くまで一生懸命に仕事をこなし、徐々に普通の暮らしができるようになりました。そんな、頑張っている父の背中を見て育ったことが、私の人格形成にとても良かったと感じています。長い人生には、どんなに避けようとしても、どうしても避けて通れない厳しい道があります。そんな時、愚痴や弱音を吐かず黙って歩くことができたのは、父の背中を見て育ったからだと思います。生きていると厳しいことや苦しいことは必ずありますが、そんな時にこそ人間としての魂が磨かれます。男は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きて行く資格がない、強さ優しさの根底にあるモノは正しさでなければならない。

 

 

参考文献:原作 吉野源三郎 漫画 羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』マガジンハウス,2017

2018/04/01