武士道

新渡戸稲造『武士道』の翻訳をされた作家の岬龍一郎氏の講演を聴く機会がありました。少し前に病気をされたと聞いていましたが、講演冒頭から時事を取り上げ「イスラム国で亡くなったジャーナリストに同情は無用、覚悟を持ってイスラム国へ渡ったはずだ」「ヤンキースで活躍していた黒田選手、年棒20億を4億に減らしてでも、選手生活の最後は自分を育ててくれた広島へ帰ってくる、これこそが武士道だ」と。体調の不安を全く感じさせないどころか、背筋に太い1本の棒を入れられたように、シャキッとさせられました。
講演の中で、企業の人材育成で1番大事なことは躾だと。躾三原則とは「挨拶・整理整頓・時間を守る」こと。躾三原則を徹底的に守らせることこそが心を磨くことになるとのことです。個人が幸せになるには心を鍛えなければならない。「あきらめない心、逃げない心、負けない心」が必要とのこと。
自分自身どこで倫理観、道徳観を学んだかを振り返ってみると尼崎青年会議所(JC)だったように思います。そこには武士道ならぬ尼崎JC道がありました。入会前の私はFAXの出欠返信すらうっかり出し忘れるような中途半端な人間でした。そんな私を先輩方は時にやさしく、飲むと「おい、こら、じゃかあしい」「人として美しい生き方をせんかい」と、時には任侠道ばりに規律や礼儀作法を教えていただいたように思います。当時は多少反発もありましたが、最近は葬儀などに参列した折、いつも決まって受付で規律正しく立っている後輩たちを見て微笑ましく思うとともに、先輩方への感謝の気持ちも湧いてきます。どんな組織でも長く続いている組織には、少なからず叱ってくれる怖い先輩がいるように思います。
岬先生の解説に、なぜ新渡戸稲造が『武士道』を書いたのかが書かれていました。「当時日本は先進諸国から見れば、未だアジアの果ての極めて幼稚な国でしかなかった。ところが、その日本が日清戦争で、眠れる獅子と言われた清国に勝ったことから世界に注目される国となった。野蛮で好戦的な民族と中傷する者もいた。日本民族は正しく理解されていないと新渡戸の胸中にこうした思いがよぎったことを推測する。日本人はそのようなものではないと、愛国心にかられ、外国人に向かって、日本男児の心に宿る伝統的精神を『武士道』の名において書いたのである。だからこそ新渡戸は原書を英文で書き、サブタイトルに『The Soul of Japan-日本の魂』と名付けたのである。そして、『武士道』は世界から賞賛された。」
武士道とは、高い身分に伴う義務と書かれています。私たちは日常会話の中で「彼はサムライだ」という言葉を使うことがあります。それは、その人が封建的だとか、決してマイナスの意味で使っているわけではありません。むしろ、決断力のある果敢な性格の持ち主、正義に伴う強い責任感がある、筋を通す信念がある人など、肯定的な評価として使われることが多い言葉です。また、日常で使われる「卑怯者」や「恥を知れ」という言葉は武士道から派生したそうです。武士道を意識する、しないに関わらず、武士道精神は日本人の心の拠り所として色濃く残っているように思います。
「命は一代 名は末代」という武士道を表す言葉がありますが、50歳を過ぎ心に課する思いとして、生き様と同様に死に様も大事なことだと感じてきました。日本人らしく武士道精神を生き様、死に様の真ん中に置いて、美しい生き方を心がけたいと思います。
参考文献:新渡戸 稲造著 岬 龍一郎訳『武士道』PHP文庫,2005年

2015/05/01