知覧

新年あけましておめでとうございます。旧年中のご厚情に感謝いたしますとともに、本年も変わらずご愛顧のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

 

今年は戦後70年という節目の年です。日本は敗戦から奇跡的な復興を果たし、豊かな国になりました。しかし、自殺者が年間30,000人以上、親が子を殺し、子が親を殺す、自分さえ良ければ、他人はどうでもよい、物の豊かさと引き換えに心の豊かさを無くしてしまったように感じます。果たして今の日本は世界に誇れる国と言えるのでしょうか。

 
久しぶりに知覧へ行き、国のため、愛する家族を守るため、散って逝った特攻隊員の遺書を読みました。そこには、死を目前に控えて、それでもなお、残された人の未来を気遣う文章がありました。まだまだ生きていたかったはず、なのにお母さんに「死にたくない」と書いてしまうと、お母さんは生涯その思いを抱えて生きていかねばなりません。「僕を誇りに思ってください」と書けば、自分の息子が国のために役に立ったと納得でき、いつかまた前を向いて生きることが出来るかもしれない。こんなことを考えながら書いた遺書。遺書から伝わる精神性の高さに心から敬服します。特攻という作戦、その行為は決して賛美できるものではありません。しかし、時代のうねりの中で、地位や名誉、自分の未来を捨て、大切な人を守るために一瞬一瞬に命を懸けて生きた、心優しき男たちがいたという現実。私たちが生きている日本は、戦争を戦った方々、特攻で亡くなった方々、戦後の焼野原から今の経済発展へと導いてくれた方々の土台の上に成り立っていることだけは忘れてはなりません。

 
今から70年前に終戦、そしてその70年前は明治維新の始まり、70年というサイクルで歴史が大きく変わり始めているように思えます。今、私たちができることは、「過去から何を受け取り、何を残すのか」が大事なことだと思います。あの頃の若者の千分の1、万分の1でいいから大切な人や日本という国を思って生きる人が多くいれば、日本の問題のほとんどが解決するように思います。福沢諭吉の言葉に「一身独立して、一国独立す」という言葉があります。人とは国であり、国とは人である。しっかりと学び、己を立てること。これこそがまわりを幸せにし、国のためになる。だから人は、まわりの人のためにも学ばなければならない。つまり「公」のために「個」を磨けということ。昔、やんちゃをしていた頃、両親に言われた言葉を思い出しました。「人から偉いと言われなくてもよい。立派な人になれなくてもよい。ただ人の役に立つ人間になりなさい。世の中の役に立つことに命を使いなさい」。変わりゆく時代の中、自分自身の「個」を磨き、世のため、日本のために、損得に左右されず、徳を貫くことのできる人生を生きることを年頭に誓います。

 

 

2015/01/01