運を引き寄せる  Vol.2

1989年、大型量販店の店舗網が全国に広がり、コンビニも徐々に広がりつつある状況の中での起業でした。牛乳宅配事業はそれらのビジネスモデルに押されてジリ貧状態でした。同業経営者たちは「昔は良かった、今はスーパーで安く牛乳は売られているから経営は厳しい」と、さほど努力もせずに口を揃えて悲観的なことを言っていました。そんな折、明治から「神戸で販売店が廃業するので独立しないか」とスカウトにやって来ました。今思うと、なぜあの時私のところにスカウトにきたのか?今となっては真相はわかりませんが、あの頃私は父親の仕事である牛乳卸を手伝い、売上をグイグイ伸ばしていたからだと考えられます。そして、何よりも運が良かったのは、同業者が全く営業努力をしていなかったので、頑張れば売上がドンドン上がっていったことです。そんな状況の中、近隣販売店が次々と病気や高齢化などで廃業していきました。明治はそれを全て私に配達するように言ってきました。なぜこの時も私だったのか?改めて考えてみると、他販売店と比べて仕事に取り組む姿勢や向上心が違っていたからだと考えられます。その後も明治のバックアップは続きます。増えた配達先を一人では配達しきれないのを見て、若手社員2人を配達員として差し向けてくれたり、配達アルバイトの人材募集をするにあたり、事務の方が電話受付をしてくれたり、今では考えられないようなバックアップをしていただきました。運とは単に偶然起こるものではなく、きっと運を呼び込むきちんとしたプロセスを経たからこそ、ツキを呼び込めるものだと思います。

 
起業初期に一番運が良かったのは自分を変えることのできる試練を与えられたことでした。試練① 朝4時からの配達。友人達と食事をしていても、遊んでいても、朝4時に起きなければならないと考えるだけで、夜が更けていくと、全然楽しくありませんし、だんだん暗い気持ちになったものでした。同じ時間に起きて、同じ牛乳を、同じルートで、真面目にコツコツと配る仕事は、自分の一番足りていなかった忍耐力を養うことができたように思います。また、雨に打たれ、風に吹かれ、犬に吠えられ、楽しくできない配達をどうしたら楽しくできるようになるのだろうか。いつも辛さを楽しみに変える方法を考えていたように思います。

 
試練② 人が思うように動かせないこと。その頃の私は案内状の返信FAXですら、期限どおりに返すことができないだらしない人間でした。朝寝坊して店へ行くとアルバイトが店の前で待っていて「兄ちゃん、遅いわ~」と文句を言われる。私はろくに挨拶もせず、鍵を開け店に入ると、店の中は散らかり放題で汚い。アルバイトは自分勝手にそれぞれの車に牛乳を積み込みます。私はそれをボーっと眺めている。何の気遣いもできない経営者だったように思います。2年ぐらいはアルバイトがすぐに辞めていきました。最初の頃はアルバイトが悪いと、自分の出来の悪さを棚に上げてアルバイト批判をしていました。さすがに2年人手不足が続くと自分に責任があることに気づきました。「人を動かせる男」になることを一番のテーマとして、自己改革を始めました。朝4時までに、できれば30分前に店に行く。店の整理整頓をしながら、アルバイトが来ると大きな声で「おはようございます」と挨拶をする。珈琲の一杯も差し出しながら、意識して話しかける。牛乳の積み込みが始まると率先して手伝い、雨の日にはカッパを差し出し、「事故の無いようにお願いします」と声をかけます。アルバイトが働きやすい環境を作るにはどうしたら良いのかをいつも考えていました。そうすると、あれだけ辞めていたアルバイトが辞めなくなり、それどころか、仕事が終わってもなかなか家に帰らないような状況へと変化していきました。この時、社長の一番の仕事は「人格を高めること」「人間性を磨くこと」なのだと胸に刻むことができました。これから経営者として歩んでいくという起業初期の段階で、自己改革できるような試練を与えられたことは、最も運のよい出来事でした。

 

 

 

2017/09/01