Column 社長コラム
東京オリンピック2020
東京オリンピック2020は7月23日~8月8日まで、205カ国・地域などから約11,000人の選手が参加し、33競技339種目が17日間にわたって開催されました。新型コロナウィルスの世界的な感染拡大で近代五輪史上初めて1年間延期され、大会期間中も緊急事態宣言下で、ほとんどの会場が無観客となった異例の大会となりました。日本勢は2004年大会を更新する金27個、2016リオデジャネイロを更新する計58個と史上最多のメダルを獲得しました。多くの見どころがありました。野球・侍ジャパン・五戦全勝、柔道・阿部兄妹同日V、水泳・池江璃花子 奇跡の「東京」、レスリング・川井姉妹で「金」、ゴルフ・稲見萌寧メダル初「銀」、体操・内村衝撃の落下、卓球・水谷、伊藤 中国破り「金」など多くの感動や衝撃を都度感じながらの観戦となりました。オリンピックでのアスリートのコメントも、今と昔では随分違ってきました。昔は、「ちょー、気持ちいい~」など、自己の喜びの表現が主流だったように思いますが、今は、「支えてくれた方への感謝」をコメントする方が多くなりました。また、オリンピック期間中は、日本という国を多くの場面で意識する機会となり、改めて、日本人であると言う自覚が蘇った期間でもありました。
今回の大会で個人的に一番心揺さぶられたのは、柔道・大野将平選手でした。1年間の延期が余儀なくされる中、前回大会からの5年間、金メダル連覇へのプレッシャーの中、多くの葛藤と我慢を強いられながら、金メダルを獲得しました。このプロセスに私の人生を重ねてしまい、勝手に自分ごとのように感動しました。彼のルーティンは、どの選手よりも早く会場入りし、真っ先に畳にあがります。仰向けになり天井を見つめ「今日1日、二度とこの景色を見ないように」と。大野選手は言います。「前回のリオデジャネイロオリンピックは24歳で怖いもの知らずで戦えましたが、チャンピオンになってからは、勝ち続けることの怖さを知りました。2連覇というのは過去の歴史でも3人の先輩方しか達成できていません。井上康生監督ですら2連覇の壁を乗り越えることができなかった。準決勝・決勝と延長になりました、今まで感じたことのない恐怖を感じ、ただただ怖かったです」。よくモチベーションを維持できましたね、という問いには「5年間でモチベーションの上がり下りは何度もありました。何のためにきつくてしんどい稽古やトレーニングをやっているのだろうか、という気持ちにもなりました。1年延期してなかったら、もう休めていたかもしれないとも考えました」。「何のために柔道やっているのかと自問自答もしました。若い頃は自分のために自分の内側から出てくるものに頼っていたのが、だんだん、内側のモチベーションだけで走れなくなってきて、いろんな要素をモチベーションにして自分のケツを叩きました。その一番は延期になっても大野は強い、当たり前に勝ってくる。この声を一番のモチベーションに変えました。この周囲の声に自分自身が乗っかってしまうと、自分は負けると理解していたので、この1年間自分が負ける姿を想像して稽古をしてきました。それが一番のストレスではあったんですが、だからこそ我慢できたように思います。」練習を休みたくなったことは、との問いには「朝起きて、今日休もうと思うこともあります。しかし、逆に休む勇気を持つことの方が難しかった。練習をやりすぎてしまう自分がいて、人に止められたら休むというのを、自分への合図にしていました。自分で休む合図を決めてしまったら、いくらでも妥協できますし、いくらでも休む理由なんか見つけてこれますので」。東京オリンピックから学んだことはと言う問いには、「一番は覚悟をするということ!自国開催で勝つということは普通のオリンピック以上に覚悟が必要だったと思います。私にとって覚悟とは準備を整えること。楽しむ場ではない、戦いの場だということを。大げさに言うと、生きるか死ぬかの殺し合いの場だということを胸に刻み戦いました」。大野選手の戦いを見て、心動いた人が多くいると思いますがとの問いには「生きていると辛く苦しい場面もあります。我々、アスリートの姿を見て奮い立って欲しい、これが、一番の願いです。スポーツは心動かせる存在であって欲しいです」個人的に大野選手の好きなところは、勝っても表情を崩さない理由が「相手に敬意を表す」という、日本人が大切にしてきたことを実践しているところです。
東京オリンピック1964大会では終戦から19年が経ち、戦争で焼け野原になった、この日本の復興を世界に示すことが「国」として意味があったのでしょう。あれから57年、わずか半世紀余りで私たちの国は、あの頃とは違う国になってしまったように思います。政治家も企業も、そして国民も「経済」ばかりを追い求めた結果、「富」という豊かさと引き換えに、「心」の豊かさを、どこかに置き忘れてきたように思います。結果、社会的な格差は広がり、自分さえよければ良いという風潮が蔓延しています。人々はこの国や社会のためにという「志」も「大義」も持てず、安全に生きることができる日本の今に感謝すらしないようになりました、相手の言葉を聞かず、自分の言いたいことだけを言う。不平不満だけを吐き、世の中を変えようという気概もない。これが「平和」の正体なのでしょうか。今、新型コロナ感染症によって国民は心も生活も疲れ果て、未来を見失いました。オリンピックでは観客も奪われ、歓声の聞こえない閉会式となりました。東日本大震災からの「復興五輪」として描いた夢や計画は幾度も変更され、次々と担当者が入れ替わり、我々は四分五裂し、東京2020は人々の思いから離れつつ、閉会式を迎えました。残念に思います。このことを、次世代を生きる者は、どのように記憶し、未来に繋いでくれるのでしょうか。
今回の大会では困難な状況にもかかわらず、アスリートたちは胸を張って堂々と歩んでくれました。すごく誇らしく思えると同時に、アスリートの栄光と挫折に寄り添えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
2021/11/01