Column 社長コラム
運を引き寄せる Vol.1
最近、若手経営者から「成功する秘訣」についてよく質問されます。自分が決して成功しているとは
思いませんが、27 歳の時に起業し、何の実力も経験もなかった私が、28 年の長きにわたり会社を潰さず
に経営できているのは、どう考えても「運が良かった」からとしか言いようがありません。自分自身運
が良い方だと思っていましたが、過去の出来事を振り返り検証してみると、起業してからだけではなく、
子供の頃からずっと運が良かったことに気づきました。
子供の頃、近所の神社のお祭りで町内会のくじ引きがありました。お祭りは年2回、嘘のようですが、
そのくじ引きで必ず当たりくじを引いていました。小学生の頃に通っていた算盤塾での昇級試験や、高
校時代、クラブ活動の剣道での昇段試験でも落ちたことがありません。思春期の頃はバイクに乗ったり、
車を改造して走り回ったり、不良グループと喧嘩になったりと、少々波乱万丈でした。仲間がよく警察
のお世話になっていたのに、私だけが運良く警察に捕まりませんでした。不良グループ数十人に囲まれ
絶体絶命の時も向こうのリーダーが顔見知りで事なきを得たこともありました。仲間からは私と行動を
共にすると、もしくは私に判断を仰ぐと間違いが起きないと言われていました。
20 歳の頃、大学を中退、東京へ家出し、社会人としての一歩を踏み出しました。「上へ行く」「東京へ
行けば何かが変わる」という何の根拠もない思いつきで東京へ行きました。「関西から来た。住み込みで
働かしてほしい」と会社を回りましたが、「親は知っているのか?」と、どこも雇ってもらえませんでし
た。夜も更け、途方に暮れて入った吉野家で、アルバイトの方が偶然2ヶ月前まで実家の近所に住んで
いた同世代の方でした。その方の助けで、その日の宿泊と吉野家を紹介していただき、吉野家の工場に
住み込みで働き始めることができました。お金を貯めて代田(だいた)というところで独り暮らしを始めるのです
が、そこがまあボロボロの3畳一間、風呂なし、共同トイレの部屋でした。
東京での一人暮らしは、それまで何一つ苦労していなかった人生を一変させました。安易に「上に行
く」という野心は崩れ去り、社会の厳しさ、世間の冷たさを身にしみるほど経験しました。その経験か
ら「信じて信じず」「自分しか信じない」など経営者としての人と関わるルールを身につけました。そし
て両親の愛情の深さを感じ、感謝の気持ちが芽生えたことを思い出します。わずか1年で挫折し関西に
帰りますが、経営者に必要な資質を改めて知ることのできた貴重な経験となったように思います。関西
に帰り、実家のアイスクリーム・牛乳の卸売りを手伝うことになりますが、その頃明治乳業と出会い、
大きく運命が変わっていきます。元気一杯、張り切って仕事をしているとの私の評判を聞きつけて、明
治乳業の兵庫支店長が私を訪ねてきました。「神戸の宅配牛乳販売店が廃業するので起業しませんか。」
と。当時の宅配牛乳業界は若手があまりいない状況でした。牛乳販売店のおじさんたちが口々に「この
業界はもう終わりだよ」と言っているのを耳にし、私は起業を決意しました。
そして、起業後も運の良い出来事が次々と起こります。不出来で何もない27 歳の私が今のデミックを
どう作っていくのかは、次号とさせていただきます。
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7月号コラム「なりたい自分になる」は、2017 年5月末に執筆しておりました
小林麻央さん心よりお悔やみ申し上げます
2017/08/01